第102回箱根駅伝: 覇権を巡る男たちの物語

第102回箱根駅伝は、レースではない。もはや火薬庫だ。絶対的本命不在、少なくとも5つの大学が優勝を狙える戦力を有する今大会は、近年稀に見る最も苛烈で予測不可能な覇権争いとなるだろう。この混沌とした戦局を読み解く鍵は3つの物語にある。王座を巡る**「5強」の激突**、個の力で戦局を覆す**「ゲームチェンジャー」の存在、そしてもう一つの過酷な生存競争「シード権争い」**だ。果たして大手町のフィニッシュテープを最初に切るのはどの大学か。我々は、歴史が動く瞬間を目撃することになる。

目次

混戦を読み解く3つの物語

これから展開される壮大なレースプレビューの道しるべとして、まず今大会を読み解くための3つの主要なテーマを提示したい。これらの物語を軸に観戦すれば、箱根駅伝の持つ奥深いドラマをより一層楽しむことができるはずだ。

1. 王者の座を巡る「5強」の激突: 優勝候補と目される青山学院、駒澤、國學院、早稲田、中央の5大学が、それぞれのプライドと戦略を懸けて、どのように覇権を争うのか。

2. レースを動かす「ゲームチェンジャー」たち: 各校のエースや特殊区間のスペシャリスト、そして鮮烈なデビューを飾るルーキーなど、傑出した個の力が戦局をどう変えるのか。

3. もう一つの戦い「シード権争い」: 翌年の出場権を巡る、わずか10校の椅子を懸けたサバイバルレース。その生き残りをかけた戦いの過酷さ。

これらの物語は複雑に絡み合い、予測不能なドラマを生み出す。まずは最初の物語、王者の座を巡る「5強」の熾烈な戦いから見ていこう。

青山学院: 絶対王者、3連覇への道

『輝け大作戦』を掲げ、絶対王者として3連覇の偉業に挑む青山学院大学。その戦力は盤石に見えるが、最大の武器と唯一のアキレス腱が同居する。絶対的エース黒田朝日が生み出すアドバンテージを、未経験の山で守り切れるのか。この一点こそが、王国の命運を分ける最大の焦点だ。

• 絶対的エース: チームの牙城、それは**黒田朝日(4年)**だ。初マラソンで2時間06分05秒という日本人学生記録を叩き出した走力は、他校にとって最大の脅威。原監督の采配は「黒田がどれだけ稼ぐか」ではなく、「黒田が築いたリードを、未経験の山でどう守るか」という一点に集約される。

• 充実の戦力: もちろん駒は揃っている。前回10区区間賞の小河原陽琉(2年)、2年連続8区区間賞の塩出翔太(4年)、MARCH対抗戦で27分台を記録した**折田壮太(2年)**と、平地区間は鉄壁の布陣だ。

• 最大の課題: しかし、その牙城には明確な死角が存在する。山区間(5区・6区)の経験者が不在という事実だ。ライバル校はこの弱点を relentlessに攻め立てるだろう。この王朝の真の強さが試されるのは、箱根の険しい山となる。

王者ゆえのプレッシャーと課題。その王座を虎視眈々と狙うのが、昨年の雪辱に燃える駒澤大学だ。

駒澤大学: 最強世代、最後の雪辱

全日本大学駅伝を制し、「二冠」達成に王手をかけた駒澤大学。昨年の箱根で味わった悔しさを晴らすため、経験と実力を兼ね備えた「最強世代」が最後の戦いに挑む。

• 絶対的エース: 駒澤の切り札は、5000m日本歴代2位の記録を持つ「スピードスター」**佐藤圭汰(4年)**だ。彼が万全の状態で「花の2区」に投入されれば、その圧倒的なスピードでレースの主導権を完全に掌握する力を持つ。

• 最強世代の存在: 駒澤の真の強さは、エースの存在だけではない。佐藤に加え、山川拓馬伊藤蒼唯帰山侑大ら、かつて「三冠」の栄光を知る最後の世代がチームの精神的支柱となっている。彼らの経験と勝利への執念は、大舞台で計り知れない力となる。

• 次期エースの覚醒: さらにチームの選手層に厚みをもたらしたのが、**桑田駿介(2年)**の覚醒だ。上尾ハーフマラソンで叩き出した1時間00分48秒という記録は、彼が次代を担うエースであることを証明した。

雪辱を誓う最強世代の最後の挑戦。その執念が、爆発的な勢いで頂点を目指す國學院大学の前にどう立ちはだかるのか。

國學院大学: 悲願の初優勝へ、「束」で挑む

特定のスーパーエースに頼るのではない。チーム全体の総合力、「束」の力で悲願の初優勝を狙う國學院大学。その独自の戦略は、今大会の勢力図を根底から覆す可能性を秘めている。『はばちかす』(名声を高める)をスローガンに、彼らは新たな歴史を刻む。

• 前田監督の戦略と5人のジョーカー: 前田監督の大胆な戦略は、個の爆発力より継続的な圧力で勝負を決めるというものだ。その戦略を可能にするのが、野中恒亨上原琉翔青木瑠郁辻原輝高山豪起というハーフ60分台の実力を持つ「5人のジョーカー」の存在。監督の勝利の方程式は「この5人が各区間で3位以内に入る」こと。それは連続で繰り出される5発の強烈なパンチであり、一人のスターに依存するチームの心を折るための、消耗戦を前提とした戦術だ。

• 最も勢いに乗る男: そのジョーカーたちを牽引するのが野中恒亨(3年)27分36秒64をマーク。有言実行でチームの士気を最高潮に高めている。

「束」で挑む國學院の戦略とは対照的に、伝統校・早稲田はエースと新世代の融合によって、新たな黄金時代の扉を開こうとしている。

早稲田大学: 黄金時代の幕開け

伝統校・早稲田が、「泥臭い練習」を土台に完全復活を遂げた。これは再建ではない。山口の熟練されたスピード、工藤の山の支配力、そして恐れを知らないルーキーたちの融合。これは、早稲田の次なる黄金時代の幕開けだ。

• 二人の柱: チームを牽引するのは、個性の異なる二つのエンジンだ。エース主将・**山口智規(4年)の圧倒的な「スピード」と、「山の名探偵」の異名を持つ工藤慎作(3年)**の「無類の勝負強さ」。特に工藤は、全日本駅伝最終8区であの渡辺康幸氏の記録を30年ぶりに更新。もはや学生レベルを超えた勝負師だ。

• 最強ルーキー軍団: 早稲田のエンジンにロケット燃料を注入したのが、スーパールーキー鈴木琉胤佐々木哲の存在だ。即戦力として機能する彼らの加入は、早稲田を単なる優勝候補から、真の覇権を争うチームへと変貌させた。

しかし、その行く手には、史上最速の呼び声高い中央大学が立ちはだかる。

中央大学: 史上最速の「C」が、頂を狙う

他を圧倒する「スピード」に、夏合宿で培った「泥臭さ」という精神的な強さを加え、30年ぶりの栄冠に挑む中央大学。史上最速の布陣が、ついに頂点を捉えた。

• 驚異の選手層: 今の中央大学が持つ戦力は、歴史的なレベルにある。「10000m 27分台ランナーが6人」「上位10名平均タイムは史上初の27分台 (27分55秒82)」。これらのデータは、彼らが単に速いのではなく、「史上最速」であることを雄弁に物語っている。

• 精神面の進化: 夏の地獄のような走り込みで手に入れた「心のスタミナ」が、全日本大学駅伝総合2位という結果となって結実した。スピードだけでは箱根は制せない。そのことを彼らは知っている。だが、スピードと精神力が融合した時、何が起こるのか。それが30年間、誰もが知りたかった答えだ。

• 歴史的悲願: 史上最多99回目の出場。真紅の襷が背負う歴史の重みと、30年ぶりの優勝への渇望が、チームの力を極限まで引き上げる。

「5強」がスポットライトを浴びる一方、箱根の本当の混沌は、いわゆる「格下」とされるチームによって引き起こされる。彼らは単なる攪乱要因ではない。巨人の心臓を狙うため、影で刃を研いできた暗殺者たちだ。

牙を研ぐ刺客たち: 虎視眈々と狙う「5強崩し」

「5強」の牙城は盤石に見える。だが、一瞬の隙を突いてその喉元を掻き切るだけの力を持つ刺客たちが、静かに出番を待っている。彼らの存在が、このレースを筋書きのないドラマへと昇華させるのだ。

• 創価大学: エースが抜けた穴を総合力でカバー。特に成長著しい**山口翔輝(2年)**の走りが不気味な存在感を放つ。

• 帝京大学: 「全員がエース」を掲げ、総合力で勝負。帝京初の10000m 27分台ランナーとなった**楠岡由浩(3年)**がチームを新たな高みへと導く。

• 城西大学: 勢いのある2年生”4本柱”が台頭。大エース**岸本遼太郎(4年)の復活に加え、主将の斎藤将也(4年)**が鍵を握る。

• 東洋大学: 伝統の「鉄紺」は特殊区間(5区・6区)でこそ輝く。主将・**斎藤将也(4年)**を山に置くのか、平地に投入するのか。その采配一つでレースは大きく動く。

チーム全体の戦力だけでなく、たった一人の力でレースの流れを一変させる「ゲームチェンジャー」たちの走りからも目が離せない。

「花の2区」を制する者

「花の2区」を巡る戦いは、レース全体の縮図だ。「史上最強留学生」の圧倒的パワーか、日本のエースたちの戦術的クレバーさか。この三つ巴の激突が、初日の物語を決定づける。

• リチャード・エティーリ(東京国際大3年): 学生記録を4つ保持し、前回大会で1時間05分31秒を叩き出した「史上最強留学生」。彼が目標とする「64分台」は、もはやレースの常識を破壊する領域だ。

• 佐藤圭汰(駒澤大4年): 研ぎ澄まされたトラックのスピードを武器に、フィールドを無力化できるか。万全の状態で走れば他を圧倒する大エースであり、彼の区間配置こそがレース全体の最重要ポイントだ。

• 黒田朝日(青山学院大4年): マラソンで証明された無尽蔵のスタミナで、ライバルたちを削り取るか。2区日本人歴代2位の記録保持者として、再びこの区間を走れば記録更新の期待がかかる。

もちろん、レースの鍵を握るエースは2区だけではない。各校には、チームの順位を一人で押し上げる力を持つ、頼れるエースが虎視眈眈と出番を待っている。

各校のエース、虎視眈々

「花の2区」以外にも、チームの命運を託されたエースが存在する。彼らの走りは、優勝争いはもちろん、熾烈なシード権争いにも大きな影響を与える。

• 前田和摩(東京農業大3年): 10000mの日本人学生記録保持者(27分21秒52)。彼一人の力で、チームをシード権獲得へと導くことができるか。

• 吉岡大翔(順天堂大3年): 名門・順天堂のエースとしての覚悟を胸に3度目の箱根路へ。チームを再びシード権へと押し上げる使命を背負う。

• 近田陽路(中央学院大4年): 予選会日本人トップの実力者。大学最後の箱根路で、雪辱を果たすことを固く誓う。

• 大島史也(法政大4年): 予選会で涙をのんだ法政大学のエース。関東学生連合チームの一員として、大学のプライドと己の意地をかけた走りに挑む。

平地区間を駆け抜けるエースたち。しかし、箱根で最も勝敗を左右するのは、やはり天下の険、「山」である。

「山を制する者は箱根を制す」: 5区・6区のスペシャリスト

「山を制する者は箱根を制す」――。この格言が示す通り、5区(山上り)と6区(山下り)は、総合優勝の行方を決定づける最大の勝負所だ。この難所に絶対的な自信を持つスペシャリストの存在は、何よりの武器となる。

• 5区 (Uphill): 「山の名探偵」の異名を持つ**工藤慎作(早稲田大3年)は、5区に絶対的な自信を持ち、チームに決定的なアドバンテージをもたらす。前回5区3位の実力者である斎藤将也(城西大4年)**も、他校にとって最大の脅威だ。

• 6区 (Downhill): 「山下りの名手」として注目されるのが**小林竜輝(城西大2年)**だ。前回、1年生記録を更新する快走で区間3位に入っており、今年も6区で大きな貯金を生み出す可能性が高い。

戦術的な側面に加え、選手一人ひとりの背景にある物語を知ることも、箱根駅伝の大きな魅力の一つだ。

異色の経歴を持つランナーたち

箱根路を走るのは、陸上エリートだけではない。競技成績だけでなく、選手一人ひとりが持つユニークな経歴や人間ドラマも、この駅伝に深みを与えている。

• 秋吉拓真(東京大4年): 日本の最高学府から2年連続で関東学生連合に選出された頭脳派ランナー。文武両道を極める彼の走りに注目したい。

• 菅崎大翔(大東文化大1年): 高校卒業後、一度は自動車メーカーに就職。しかし、箱根への夢を諦めきれず大学へ再進学した情熱のランナーだ。

• 二村昇太朗(日本体育大4年): プログラミングを駆使し、日体大駅伝部のホームページをゼロから制作した「ITランナー」。デジタルとフィジカルを融合させる新世代のアスリートである。

華やかな優勝争いや個人の物語の裏で、箱根のもう一つの過酷な戦いが繰り広げられている。来年への切符を懸けた「シード権争い」だ。

譲れない戦い: 熾烈なシード権争い

総合優勝争い以上に熾烈なのが、わずか10校にのみ与えられるシード権を巡るサバイバルだ。このシード権は翌年の出雲駅伝出場権に直結するため、チームの未来そのものを左右する。

• 大混戦の実態: その過酷さは、前回大会の結果が物語る。8位から12位までのタイム差は、わずか37秒。名門・順天堂大学は、たった7秒差でシード権を逃すという非情な結末を迎えた。今年も最終10区のフィニッシュまで、一瞬たりとも目が離せない。

• レベルの向上: 大学長距離界全体のレベルアップは、予選会を「ミスがなくても通過できない」戦場へと変えた。法政大学は落選チーム中最速タイムを記録しながら本戦出場を逃すという、残酷な現実に直面した。

選手たちの熱き戦いを規定し、時に牙を剥くもう一人の主役、それは彼らが挑む「コース」そのものである。

もう一人の主役: 選手を待ち受ける箱根のコース

選手たちが織りなすドラマの舞台となる箱根のコース。その美しい景観とは裏腹に、数々の難所がランナーたちの前に立ちはだかる。コース自体が、この物語の「もう一人の主役」なのだ。

• 1区 六郷橋: レース終盤、各校のスピードランナーたちが仕掛ける勝負所。

• 2区 権太坂&戸塚の壁: 「花の2区」を走るエースたちを苦しめる、あまりにも有名な難所。

• 3区 富士山と相模湾: 絶景が広がる一方で、時に選手の体力を奪う強い向かい風が吹き荒れる。

• 5区&6区 山上り・山下り: レース最大の勝負所であり、特殊な適性が求められる最大の難所。

ここまで紹介してきた様々な見どころが、217.1kmのコース上で一つの壮大な物語として紡がれていく。我々は、歴史が動くその瞬間を目の当たりにするだろう。

歴史が動く瞬間を見逃すな

第102回箱根駅伝は、数々の問いを我々に投げかけている。その答えは、選手たちが襷に込めた想いと、己の限界を超えて絞り出す一歩一歩の中にある。

• 青山学院の3連覇はなるか?

• 駒澤「最強世代」は有終の美を飾れるか?

• 國學院、早稲田、中央…新たな王者の誕生か?

• そして、新たなヒーローは誰だ?

歴史が動くその瞬間を、絶対に見逃してはならない。

『文化放送新春スポーツスペシャル』 1月2日・3日 7:30~

箱根駅伝混戦を読み解く3つの物語

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